長崎県平和運動センター 事務局長
「第481回目、9の日座り込みを始めていきたい。 10月1日に平和センターは大会を行い、新しい
 体制で始めていきたい。 本日は新議長が、自治研全国集会で挨拶できない。 代わって、新副議長が
 行います。 3月と9月に厚労省との交渉に参加しました。 被爆体験者の手帳は緑色。 ガンの一部
 を認めるのではなく、被爆者のピンク色の手帳に変えていけるように、運動を支援していきたい。」


長崎県平和運動センター 副議長 (長崎県教職員組合 書記長) 

「10年ぶりに会った、教え子も参加しています。 日教組で配信する、山川先生の被爆体験講話を
 収録しました。 当時の学校では、国を守り戦争に行くことで体を鍛え、竹ヤリ訓練で人の殺し方を
 教員は教えた。 敵の飛行機の音を聞き分ける授業。 戦争に備える教育、様々な体験をお聞きし
 ました。 『教え子を再び戦場に送るな』をスローガンに運動を進めています。 
 新幹線開通の日に、会議中で飛行機がやかましく迷惑しました。 那覇で聞いた軍用機と同じ。
 うるま市の小学校に戦闘機が墜落し、17人が死亡した。 沖縄の運動も継続していきたい。」
    
9の日すわりこみ
9の日座り込み
どなたでも参加できます。


平 日  12:15〜12:45
土日祝 10:30〜11:30
原水爆禁止日本国民会議 共同議長 (長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会 議長) 
「原爆が落ちた日。 5年生の子は、向こうから来る爆音を聞いて逃げた。 私は、我が軍か敵か識別
 できなかったが、その子は音で判断したんでしょう。 何も言わず逃げ、後を追った私は気を失い、
 離れた所に倒れていた。 翌年、国民学校1年生。 靴を履いている子はいない、草履かゲタです。
 ランドセルの子はいなかった、ピカピカの1年生など誰もいませんでした。 親について田舎を周り、
 着物と交換して食べ物をわけてもらう。 汽車の中で、警察が手に入れたヤミ米を没収する。
 給食にたった1回だけ出た、白米が今でも忘れられない。 核は絶対に使わせてはならない。」


多長被爆体験者協議会 会長 (被爆体験者訴訟 第二陣原告団)

「私たちは当時、12km圏内で被爆したのに旧長崎市以外は被爆体験者と言われた。 被爆体験者
 は被爆者です。 厚労省はガンが追加されると言うが、被爆体験者は被爆者として求めている。
 裁判を起こし12年目。 先が見えない状態で、決着に向けて頑張るしかない。」


池田章子 長崎市議会議員
「厚労省との交渉で、福島瑞穂さんが言った言葉。 『裁判は個々の判決を下した。 ただし、広島を
 認め、長崎は認められないではなく、国は制度政策として、統一した基準でしなければならない。』
 と、これは議会でも使えるなと思いました。 これからも支援していきます。」
 
第481回 反核9の日座り込み


日 時 2022年10月9日(日)10:30〜11:30
場 所 平和祈念像前


主 催 長崎県平和運動センター/原水禁長崎県民会議
平和活動支援センター 所長 (被爆体験者訴訟 相談役)
「上京行動で厚労省には、西岡秀子 衆議院議員、福島瑞穂 参議院議員と、山田勝彦 衆議院議員の
 秘書と、池田章子 長崎市議会議員に来て頂きました。 熱心に真剣に取り組んで頂いています。
 原水禁から30万署名も提出し、根本解決、和解に向け、後に繋がる動きがあると感じた。 
 高校生は活動25年目の節目の年。 ノーベル賞をもらう事が目的ではないが、受賞を機に高校生
 の運動が世界で盛り上がる。 地道に運動を構築している所に、目を向けてもらいたい。」


第25代高校生平和大使 (高校生1万人署名活動 実行委員会)

「コロナ禍で毎週日曜日、署名を続けていくのは難しいと実感しています。 これまで先輩たちが続け
 てきたので、終わらせないよう活動を頑張っていきたい。 ノーベル賞は残念でしたけど、取る事が
 目的でなく、核兵器廃絶と世界平和の実現です。 核と人類は共存できないと、世界に発信していけ
 たらと。 SNSなどで、どんな人にも届くように、高校生のパワーで平和を訴えていきます。」


「高校生に何ができるかと、この運動と環境の活動をと思って始めました。 後世に伝えていけるよう、
 世界がより良い方向へ、それぞれの目標に向かって頑張り続けたい。」
「雲仙市から通って活動してます。 雲仙市でも平和活動を展開していきたい。」
「今日の13時から15時まで、長崎駅前高架広場で署名を行います。 微力ながらガンバリマス。」
    
最後は参加者全員で団結がんばろうで終了しました。 次回は2022年11月9日(水)12:15〜
コロナ禍で長崎市の感染者数は減少傾向です。 良い季節となってきましたが、体調が悪い方は、
無理をなさらない参加を、お願いします。 
11時2分、被爆者手帳友の会と、9の日参加者や観光客がロープを引いて長崎の鐘を鳴らし黙とう…
長崎市では毎月9日同時刻に、被爆50周年記念に作曲された『千羽鶴』の曲を、防災無線で放送。
長崎の鐘は、手帳友の会が長崎市に1977年7月29日贈呈。 その後は、原水禁と 長崎県労評
地区労が協力して1988年8月9日にソ連レニングラード市へ、1990年9月18日に中国瀋陽市へ、
1990年12月8日に、米国ハワイ州ホノルル市にも同型の鐘が贈呈された。 
2000年には、カトリック長崎大司教区から、ベラルーシ共和国ミンスク市にも送られている。
設置の際、すぐに破壊されると言われた国もあったが今も現存し、各国で鎮魂の音を響かせている。


安保法制違憲国賠訴訟を支える長崎の会 事務局長
「11月1日、福岡高裁で第3回口頭弁論があります。 軍事ジャーナリスト半田 滋さんの証人尋問も
 あります。 日本が軍事費を2倍にし、敵基地攻撃能力を持つのは、戦争をする為であり問題がある。
 安保法制があると、自衛隊も参戦せざるを得なくなり、自衛隊員は死にます。 南西諸島には日本の
 ミサイル基地が作られ、中国から反撃されると、佐世保にも飛んで来て、国民が被害を受けます。
 憲法違反だとなると、政府は発動できなくなる。 傍聴参加ください。 出島メッセ前、長崎駅西口
 から10時に貸切りバスがでます。 参加希望の方は、ご連絡ください。」