元米兵が語るアメリカの戦争の実態


日 時 2020年11月15日(日)10:00〜11:40
場 所 長崎県勤労福祉会館・1F多目的室


主 催 安保法制違憲国賠訴訟を支える長崎の会
 
安保法制違憲国賠訴訟を支える長崎の会 司会 (長崎地区労 元副議長)
「今日は、ベテランズ・フォー・ピース(VFP)平和を求める退役軍人の会によるオンライン講演会。
 安保法制違憲訴訟の第14回口頭弁論は11月24日12:20から門前集会、13:30開廷です。
 終了後の報告集会は14:15から地区労会館で行ないます。 参加してご支援頂きたい。」


安保法制違憲国賠訴訟を支える長崎の会 副会長 (長崎県平和運動センター 元議長)
「昨日はオンライン講演のみ、自宅のパソコンやスマホで見てもらい、YouTubeでも見て頂けます。
 本日はオンラインと会場視聴です。 アメリカ大統領選の結果に、ゴネているがバイデン政権への
 移行になる。 トランプが一方的に離脱したIMFも、軌道修正が行われる。 私たちの運動は大統
 領が代わっても楽観できない。 強行成立から5年、米軍と自衛隊の一体化で、守備範囲を超え
 た共同訓練。 日本がいつ戦争に巻き込まれてもおかしくはない。」


安保法制違憲国賠訴訟を支える長崎の会 事務局長
「戦争を繰り返さない為の裁判。 裁判所が忖度する判決をさせないと、裁判官に理解させる事も
 書いてあり、これまでの違憲訴訟で憲法違反だとする趣旨の説明などの本を販売しています。」
 
レイチェルさん (通訳・国際コーディネイター/VFP終身会員)
「昨日から、ベトナム・日本・アメリカを結んでの企画。 ベテランズ・フォー・ピースの会員の戦争経験
 を通訳します。 日本へのスピーキングツアーは2016年から。 (2018年  2019年 見れます)
 普段メディアで聞くチャンスがない情報を得ていただければと思います。」


ダンさん (元米国海兵隊 第3大隊 I中隊/元VFP理事) 『ベトナム戦争とその後の人生』
1968年3月16日、ベトナムで非武装の民間人が米軍に虐殺された、ソンミ事件。 私は知らない
 まま3月21日、海兵隊に入隊しました。 洗脳はブードキャンプから始まり、8月30日ベトナムのダ
 ナンに上陸しました。 動くモノはなんでも殺せと、地雷がある中でミッションをやっていた。 
 目の前で爆発し、気が付いたら爆弾の上に座っていて、記憶が飛ぶ事もあった。 スナイパーが撃
 った弾が首の脇を通り、後ろにいた戦友の喉に当たり、ヘリで運ばれたが生きているかわからない。
 罪悪感に悩まされた。 狙撃の銃弾やブービートラップの地獄の中、2ヵ月生き延びました。


 暴力的な文化、いのちへの尊厳がありませんでした。 1969年10月に家に帰り、軍隊特有の文
 化を心から消し去り、新しい生活を始めたいと思った。 ’77年に先天性の異常を持った未熟児の
 息子が生まれ’79年に長女が生まれた。 娘が2歳の誕生日前に、息子は心臓の手術を10時間
 受けて、息を引き取りました。 1991年湾岸戦争でイラクへ空爆が始まり、戦地から帰還していて
 も、ベトナムの戦場のイメージが脳裏に浮かんできたのです。 ベトナム戦争に参加した事を恥て、
 私は反戦デモに参加してマイクを握り、初めて話をしました。


 新型コロナと人種差別に米国は苦しんでいます。 トランプと白人主義のグループに抵抗してきた、
 ブラック・ライヴズ・マターで、右翼反動主義者から守る為、退役軍人の壁に参加しました。 催涙
 ガスで目をやられました。 人種差別主義的政策にNOを掲げ、VFPの1名として世界の人々と平
 和の架け橋を築き、米国に核兵器禁止条約の批准と署名を求め、枕元でさまよう魂に答えたい。 
 正義なくして平和はありえません。」


PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会 代表
「WWUで400万人の日本兵がPTSDでした。 彼らは自覚もなく自殺や殺人に、アルコール依存
 で労働意欲を無くし、苦しい生活が続いたのです。 ベトナム帰還兵のネルソンさんのDVDを見て
 父がPTSDだと気が付いた。 後世に語り合う会を立ち上げ、交流館として村山お茶飲み処・子ど
 も図書館が誕生した。 日本兵にもPTSDは存在したと、全国21の新聞社に報道されました。」


  
ギャレットさん (元米国陸軍騎兵連隊 偵察狙撃手/VFP事務局長) 『イラク戦争とその後の人生』
「ベトナム退役軍人の父は、枯葉剤が原因のガンで亡くなり、私は同時多発テロの前に入隊しました。 
 スナイパー兵として、コソボに派遣されました。 米国の利害を守る為にイラクに入った初日から侵略
 者で、敵を増やし自らを危険に晒した。 狙撃メンバーのコードネームはSHOGUN、休暇で日本に
 行こうとなりました。 日本を旅して、広島で原爆ドームを見て反省しました。 イラク滞在中に米国の
 

 政策に反発し、VFP初の現役メンバーとして入会しました。 イラク駐留で匿名のブログをやってい
 たら突き止められた。 軍の機密をブログで流してしまったわけですから問題児扱いされ、上から睨
 まれました。 陥れないように、全ての任務を完璧にこなすようにしました。 契約期間が過ぎても
 当局から調査が続き長引いた。 PKO派遣で言われた事をやり、良い事をやっていたつもりだった
 が、現在からすると、PKOは間違っていたと思う。 軍を外に派遣する事に反対です。


 菅首相はアベの軍国主義の道を辿るでしょう。 忍び寄る軍国主義。 名前は自衛隊でも、イギリス・
 フランスより軍事力が大きい日本。 新型コロナだけが戦争意欲を鈍らせている。 米国の植民地的
 搾取で、日本が米国へのグローバル追従はアイデンティティの破壊に繋がります。 軍隊や企業が
 グローバル化する一方で、私たちの運動も国際的な運動を構築しないといけません。 平和と人権、
 日本の多くのグループと個人に、心を動かされ大変感謝しています。」


アレン・ネルソン・ピースプロジェクト 共同代表
「アレンさんが亡くなった後、DVDなどで語りつごうとした平和プロジェクトです。 ベトナム戦争を経験
 し、戦場から帰った後、PTSDで苦しみ18年の歳月がかかりました。 日本で公演されましたDVD
 の一部を御覧ください。 枯葉剤の影響で亡くなるまで1200回の講演で、子どもたちを戦場へ送っ
 てはならないと戦場の真実を語った。 没後10年、2019年3月25日に石川県の光闡坊で法要が
 行われ、VFPをはじめ日本各地から集まり偲んだ。 法要のアレンの鐘をずっと響かせていきたい。」




ベテランズ・フォー・ピース長崎講演が見れます  2019年  2018年