平和の火リレー
第32回 反核平和の火リレー(出発)


日 時 2016年7月18日(月)〜7月26日(火)※土日を除く
場 所 長崎県内一周 ※離島を除く


主 催 日本青年学生平和友好祭 長崎県実行委員会
長崎地区労 青婦協 幹事 
「第32回反核平和の火リレー出発集会を始めます。 誓いの火をトーチに灯し、黙とう後に出発します。」


平和友好祭 長崎県実行委員長 
「中学校で教員をしています。 6〜7月は学校で、いのちの大切さを学んできたと思います。 71年前
 は国の為にいのちを捧げる事を教えていました。 私たちは核兵器に反対しています。 これからの未
 来を核の廃絶と戦争がない世界を、みなさんに発信して走ってもらいたいです。」


長崎県平和運動センター 議長
「世界には1万5千発以上の核兵器があります。 日本とアメリカは71年前、戦争をしていました。
 広島で10万人、長崎で7万人以上が一瞬で亡くなった。  みなさんと一緒にゼロになるまで、核も戦
 争もない国をつくりましょうとアピールする為、みなさんに反核平和の火リレーで走ってもらっています。」 
長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会 事務局長
「小一で被爆体験しました。 強制疎開の諫早で原爆が落ちた事を知り、長崎の祖父母の家に戻ると
 4km以上離れており支障はありませんでした。 みなさんが大きくなった時、戦争もない世界になる
 ようにリレーで訴えてほしい。 暑い中大変かと思いますが、がんばってもらいたい。」


坂本 浩 長崎県議会議員 

「世界には核兵器に使われる恐れがある核物質が105,502発分あります。 日本は核兵器を持て
 ませんが7,500発分を持っていて、核兵器をいつでも作れます。 こういう物質もゼロにして核を無
 くそうと、みなさんは暑い中ですが、がんばって走ってください。」


被爆者手帳友の会 会長 
「小四で原爆にあい、爆音と暴風で木の下に落ちて気絶しました。 ここの上空500mで爆発し、7万
 4千人が一瞬で亡くなり、牛や豚や植物も全部死んだ。 強制連行された中国人や朝鮮人に囚われ
 たアメリカ人にイギリス人にオランダ人なども、アメリカが投下した爆弾でみんな亡くなった。 
 長崎の原爆はプルトニウムが原料で、広島のウランより威力が大きかった。 最後の一発が無くなる
 まで闘い抜いていきたい。」
長崎北児童クラブ バレー部
「原爆の語り部が高齢になって少なくなってるので次の世代にも原爆の悲惨さを伝えていきたいです。
 これから私たちが核物質を減らすように、一生懸命に戦争はいけないと伝えていきたい。」
…11時2分に参加者全員で黙祷。 32周年の反核平和の火リレー第1区間ランナースタートしました。
時津町職労組から井筒造船分会と長与町役場職員労組へリレーして進む。 原爆被爆者特別養護ホ
ームかめだけに到着してミニ集会を開催。 長与町職から西海市職員組合へ誓いの火を渡しました。
1日目は西海橋を渡って17:00前に最速で到着、長崎地区は終了です。
平和公園をスタートした第1区間走者。 胸のゼッケンが各区間の番号です。 12:00に時津町役場へ
到着し、みなさんに迎えられ集会。 長崎市役所職員労組から時津町役場職員労組へトーチを渡します。
2日目は佐世保市から佐々町、江迎町を通って平戸市役所まで各所で集会をしながらリレーして、
3日目は松浦市役所で集会。 佐賀県伊万里市から有田町を繋いで4日目は再び長崎県佐世保
市早岐を経由し、川棚町と東彼杵町役場で集会して、大村市役所まで進みます。
5日目は大村市から諫早市役所、雲仙市役所、島原市役所で集会して布津までリレーしていきます。
6日目は南島原市役所から南串山、千々石総合支所で集会を行いながら愛野まで各市町村役場で
集会を行いながら、長崎県内の多数の各労働組合員が繋いで走りました。 ゴールの長崎市・爆心
地公園へ到着は7月26日(火)。 平和憲法を守り、核廃絶を訴えて県内一周のリレーは続きます。